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留学後一定期間内に退職した従業員への会社による留学費用全額の返還請求
社費留学制度を利用して留学した従業員が、留学後一定期間内に退職した場合に会社が負担した留学費用を返還する旨の誓約書を作成しているにもかかわらず、誓約書に違反して、留学後早期に退職し、留学費用の返還を拒むことは珍しくありません。
企業が、特定の従業員に対して特別に目をかけて、優遇措置として研修等を受けさせた場合に同費用の返還請求をしたり、同費用に見合う貢献を認めるまでの期間における退職を禁じたりして、これを従業員が争うといったものです。企業側の視点では「従業員のために支出した研修費用などを返還させる方法はないか」「特別な便宜を与えて研修させた従業員の安易な退職を禁止する方法はないか」、従業員の立場からは「いかなる場合に費用の返還を拒否できるか」といった点が問題となります。
このようなケースでは当該誓約書に基づく合意が損害賠償を予定する契約を禁止する労基法16条に違反し無効にならないかが問題になります。例えば、海外研修等の終了後3年間の勤務を継続しない限り、約束違反の退職として違約金を定めることは、労働契約上の損害賠償の予定や違約金の定めを禁止した労基法第16条に違反します。
多数の判例・学説は、概ね一定の条件・範囲・方法の下で研修費用の返還を求めています。すなわち、研修終了後の一定期間内の退職の際に、一般の従業員が受けていない特別な便宜としての給与以外の渡航費用や学費等、客観的・合理的に算定された範囲での実費の返還を求めたり、一定期間後はその返還を免除したりする制度は、そのことが就業規則等に明記されているならば、労基法違反等の問題を生じないと解されています。
会社業務に関連のある学科を専攻するものと定められていたこと等を根拠に留学の業務性を認め、労基法第16条違反を理由に留学費用の返還請求を否定した裁判例として、新日本証券事件があります。
もっとも、業務性が認められないことや債務免除までの期間等を踏まえて、労基法第16条を認めない裁判例は多くあります。帰国から1年10か月後に退職した従業員に対し、会社が負担した留学費用約3900万円から住宅費・生活費等を除いた1575万円のうち、債務免除までの残期間で按分した約1000万円の返還を請求した野村證券事件では、請求が全額容認されています。また、帰国から約1年後に退職した従業員に対し、会社が負担した学費・渡航費用・引っ越し費用等約1000万円の返還を請求した明治生命保険事件では、誓約分の文言等から渡航費・引っ越し費用の返還請求は認めなかったものの、学費等の600万円の請求が容認されています。
みずほ証券事件(東京地裁 令3.2.10判決)でも、労基法第16条に定める賠償予定の禁止に関しては、同法の趣旨は労働者の自由意思を不当に拘束し、労働関係の継続を強要させないことにあり、留学に応募するかどうかは従業員の自由意思に委ねられており、留学に業務性はなく、債務免除までの期間5年が不当に長いとまではいえないことも踏まえると、違反するとはいえないとし、会社の請求をすべて認め、従業員に3045万円の支払いを命じています。本件は、留学費用3045万円全額の返還請求を容認した事案であり、過去の裁判例と比べて請求額・容認額ともに大きい点が特徴です。
しかし、研修・指導の実態が、一般の新入社員教育とさしたる差がなく、使用者として当然なすべき性質のものである場合や業務性を有する場合には、労働契約と離れて研修に関する契約をなす合理性は認め難く、それに支出された研修費用の返還を求めることは、合理性がないとされます。(岡本)
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